プロフィールPART5

引き続きプロフィールをご覧頂きありがとうございます。

自分自身で商品を販売して利益を出す事に加えて、
指導という道を2013年4月より進み始めて半年後の10月。

月収1000万を狙う為のステップとしてまず月収500万を狙い
高額のコンサルを販売し40分で完売し達成・・・。

極度の緊張状態から一瞬何が起こったかわかりませんでしたが、
『こうやったらこれくらいの利益が確実に立つ』
という確信がまだ当時の僕にはありませんでした。

月収100万〜月収500万の世界へ足を踏み入れると同時に、
ビジネスの拡大を確実に体感し2013年も後半にさしかかり
更に拡大させるべく手を組むパートナーが現れ始めます。

そして、
なんとなく感覚で売上をたてていたことが、
確信を持って売上を立てる実力へと変わり始めるのです。

しかし、
その道筋もまた険しいものでした・・・

<第5章>
2013年 10月〜 パートナーの登場と日本一の記録達成までの睡眠2時間劇

使用時間は1日3時間・・・収益0からの再出発

自分自身の企画を無事に成功させて月収740万を突破した頃から、
ビジネスを自分が行っているんだという実感が湧き始めました。

もっと拡大させていかないといけないという思いも強くなり、
国内外への販売に加え指導者として一皮むける必要があると痛感してました。

僕のこれまでの道筋においての重要な人物として、
Sさん Kさん(ライター) Uさん(関東在住の起業家)がいるわけですが
ここでもう一人の重要な人物であるMさんが登場します。

彼の名前は後に実名と共にこちらに公開することになりますが、
Mさんは僕の高額企画での3ノウハウのうち1つを教えてくれた方になります。

このMさんとは同じ北海道在住ということもあり、
僕がまだ稼いでいない時から連絡をとり食事にいく仲でした。

『この人の根性とやる気と人柄であれば、
一緒にやる中で自分も更に成長出来るに違いない』

会う毎に確信に変わっていった気持ちをMさんに伝え、
そこから僕はMさんと二人三脚で登り始めることになります。

しかし、
当時のMさんには大きな問題が1つありました。

それが、
『ブラック企業に務める社員』であったことです。

当時のMさんの月収は勤続9年目にして13万程度であり、
残業代は無しで毎日朝7時出勤22時帰宅生活を繰り返してました。

使用出来る時間は帰宅してから寝るまでの数時間・・・

そんな少ない時間を使ってMさんは既にパソコン一台で
数十万の利益を上げることに成功していました。

ですが、
サラリーマンという職業についていることによる安心感は大きな物であり、
彼の辞めるという決断を確実なものにするにはより大きな収入が必要だったのです。

Mさん、来年会社辞めちゃいましょう!

自分である程度の収入を得ることができていたMさんでしたが、
サラリーマンという肩書の精神的安定はやはり大きいものでした。

『辞めたいけど思い切って辞めることが出来ない』

そんな思いの裏には本当に稼ぎ続ける事ができるかどうか・・・
という当時の僕も抱えていた闇があったのです。

しかし、
連絡をしている内にMさんの会社の経営自体もかなり傾き始め、
『大きく稼げる為の収入の柱が複数欲しい』
という決断と共に2014年度に辞める決意をMさんはすることになります。

家族4人の大黒柱であるMさんがまずやらなけれいけないこと、
それは支える為に稼ぎ続ける実力をつけること。

そこで、
一足先に指導者という立場において利益を得た僕が経験を基に
『Mさんをまずコンサルでも月収100万以上稼げるようにしよう』
という目標をたてたわけです。

既に有名であり人気である商品を販売することは、
仕入れ値さえやすければ簡単に売ることが出来ます。

それは、
例えばCASIOなどの時計が築きあげてきた長年の信頼の基に
僕達が商品を売っているだけだからです。

しかし、
本当の稼ぐ力を身につけるというのは他人の物だけでなく、
自分自身の知識や経験をも販売出来ることだと考えていました。

むしろ
似たような商品が混在し、物が溢れる社会である現在では、
『商品の質よりも、商品をどう目立たせるのか?』
が重要になります。

ネットの存在により自宅で商品をクリック1つで購入でき、
現在では店舗が商品を買う所ではなく見る所と化してしまいまいた。

『店舗で商品を見て安いネットで商品を買う』

そんな世界の中では価格で勝負することではなく、
どうやってその商品をアピールするのかという『術』が重要なのです。

これが稼ぎ続ける力に繋がるわけですが、
個人においても同じ現象がどんどんと起こっています。

ネットや機械の存在により簡単に海外に仕事を委託することができ、
誰でも出来るような仕事はどんどんととられてしまう・・・

だからこそ
『自分自身も何か取り柄をつけなければいけない』

そんな思いをMさんも抱いていることから、
『ネットで商品を仕入れてネットで販売する』
という稼ぎ方をわかりやすく解説するブログに加えYOUTUBEを共に作成し始めました。

Mさんは文章を書くのは僕と同じようにあまり得意ではなく、
これがとても大変でした笑

毎日書いては修正して書いては修正して書いては修正して・・・
修正して修正して修正して・・・

1つの文章を作成するのに1週間や2週間かかることもありましたが、
それでもMさんは絶対に諦めることはありませんでした。

僕もかつては文章を全然書けなかったわけであり、
その時の気持ちはいたいほどよくわかりました。

更には、
YOUTUBEへ動画もアップしなければいけないわけですが
Mさんは睡眠時間を3時間まで削って作業に勤しんでいました。

『どうしても会社をやめても稼げる力を身につける。
いや、身につけなければ家族を養えない・・・』

そんな気持ちをモチベーションとして淡々とこなし、
昼間に連絡すると会社のトイレで眠すぎて意識が飛んでいた笑

そんなこともありましたw

などこんな生活を半年間もずっとこなし続け、
ようやく指導者としての土台が整い始めました。

もうこの完成時期になると早く教えてくれ!!という人が150名以上もおり、
そのわかりやすさなどには業界内でも定評がて始めていました。

動画構成や文章など僕の経験を基に教えさせてもらったわけですが、
この時に僕の今までの感覚が指導を通して実力に代わり始めていくのです。

745名の予約、そしてMさん&ICHIの初企画!

さて、
ようやくMさんと土台を完成させたわけですが、
上記に記載したように既に150名近くが指導をしてほしい!!
と企画の予約まで連絡をしてくださいました。

そんな作り上げた動画やブログなどを集客口として使用し、
入ってきていただいたお客様に向けて

“Mさんと一緒にまず10万稼いでもらう企画をしよう!!”

という決断を2013年の12月にすることになるのです。

それからというもの、
2014年に向けて2人で企画の募集にあたり準備をするのですが、
企画は準備することが非常に多くとにかく時間が本当に足りない・・・

睡眠が2時間〜3時間取れれば良い方であり、
毎日のお供は栄養ドリンク!!

飲んで睡眠を吹き飛ばし、
眠かったらまた栄養ドリンクをとにかくぶち込む!!!

そんなもうむちゃくちゃな生活をしつづけた甲斐もあり、
企画に入りたいという方は

“なんと745名!!”

おそらく一瞬で企画の募集は終わってしまうだろうなという期待と共に
企画募集日である2月11日を迎えることになります。

Mさんが仕事を早く切り上げ20時頃から最終打ち合わせ、
ここから一緒に頑張っていきましょう!!という決意と共に
募集21時に丁度企画の募集をいよいよ開始。

さぁ、どれくらいのペースで申し込まれるのか!?

僕の前回の企画は極度の緊張のあまり見ていませんでしたが、
今回はしっかりとどうなるのかをひたすらMさんと見ていたのです。

ピロン!ピロン!ピロン・・・・・・・

申し込みのメール案内が徐々に届き始めたと思ったら

ピロン・・・・・

20名程行った所で音が鳴り止んでしまいまいた。

あれ・・・・
745名も予約があるのに20名程度で止まる!?!?
やばい・・・

と思った瞬間に、

ピロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロローーーーーー!!!!!!!!

とてつもない人数が一瞬にして雪崩れ込み、
気づけば280名が一瞬で申し込みをしてくださったのです。

すげええええええ!!!!!!!よかった!!!!!!
利益で500万をお超えている!!!!!!!!!!!

と思ったのものつかの間一瞬にしてある危機感を抱きます。

“多過ぎたらサポートが出来ない”

という思いのもと募集を停止しました。

当然その後もメールは鳴り止むことはなく
“入れてほしい!”
という連絡がとてつもなく来ました。

やっとその日の募集も終わり落ち着いた後に、
計算してみると正確には約30分程で500万の利益を超えてました。

昨年の自分自身の企画で500万の利益を稼ぎだした時には、
高額コンサルを行い30名程が参加してくださり上げた740万の利益です。

一方で、
Mさんとの19800円での企画でここまでの利益を上げたことで

“ビジネスはこうやって行っていくのか・・・”

そんな思いもこの瞬間に自分の中に湧き上がり、
月収1000万のみならず億の世界が見え始めたのもこの時です。

“一瞬にして人々を魅了し、販売する術を身につける”

そんな目標としている実力が徐々にMさんと身につけれた事が嬉しく、
数日後に稼いだのに安い居酒屋で祝杯を上げMさんとの初企画は終了するのです。

ここから6ヶ月間、
約300名に対するコンサルに加え自分の企画のコンサルをし、
1日12時間以上質問の応対に使用する日々が半年間続く事になります。

そんな企画の対処に行い初めて3ヶ月、
Mさんはとうとう決断し会社を退職しました。

初めての企画が終了し次の目標は月収1000万、
そして商品の販売で年間1億という目標を僕は掲げ始めます。

Mさんと僕の二人三脚により、
まだまだありえない程の利益を生み出すことになっていくのです。

<第6章>
2014年 輸出業で年商1億狙いつきつけられた苦悩x経営者の自覚の芽生え
へ続く・・・

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