月収100万達成した翌月、終わった話

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僕が初めて月収100万を突破したのが、忘れもしない2013年の4月のことです。

そのちょうど10ヶ月前、僕はネットビジネスを知ったのです。

アルバイトが禁止されるアメリカで、あぁ、マジで外食したいなぁ・・・

なんて、そんな事、毎日考えてました。

 

僕の父親は医師です。

 

そう言うと、たいていの場合は、ボンボンの息子として見られます。

お小遣いを大量に貰うことができ、学生ながら裕福な暮らしが出来る。

 

ですが、僕は世間がイメージする医師の息子のそれとは真逆でした。

使ったお金の詳細は月1で報告し、自由に使えるお金など殆どありません。

“与えられるということは支配されることである”

 

学生ながら僕は、もうこの怖さを知っていたのです。

だから、
自由の国アメリカに留学をしていても、僕に自由なんて何1つ無かったのです。

授業を受け、帰宅をして、自炊して貧しい食事を食べて毎日が過ぎていく。

 

それが僕の日常生活でした。

 

もちろん大学に行かせてもらえる、それだけで感謝なのは理解してます。

大学生の仕事は勉強をすることだ!

それも勿論、理解していたのです。

でも、自由がなさすぎたのです。

毎日、毎日、勉強三昧でいれば、
さすがに頭もおかしくなってきます。

『少しで良いから息の詰まった生活から出たい』

そんな思いから友達に運転をしてもらい、
ある日、隣の州へ出かける事にしたのです。

息抜きに隣の州に行ってもお金がなくて何も買えない。

だから、せめてもの思い出にと、
B級品や型落ちが安く売られている

アウトレットモールへと向かった訳です。

たった10ドルそこらの商品を購入し、帰ろうと思ったこの瞬間から・・・

これまで話してきたように僕の人生は変わり始めた訳です。

普通の金額の75%オフで売られているCOACH

安く売られている商品を購入し、日本に売ったら稼げるんじゃないの?

ルームメートのアドバイスがままに、僕は即座に4点も購入をしていました。

『安く仕入れて、販売する』

こうして僕は商品を売ることで利益を得ることを初めて学んだのです。

そこからは勢いのままに休学し日本へ即帰国して稼ごうと決意。

日本にいてはアメリカから仕入れ、販売するのに時間がかかってしまう。

もっと早く、もっと大きく稼ぎたい。

 

そう思って始めたのが国内での転売でした。

日本で仕入れて日本で売れるなら
もっと早く、もっと大きく稼げる。

そう思ったからです。

朝9時の開店から店舗にいって
夜22時までずっと仕入れて回る。

仕入れるお金は勿論ありません。
持ってるものは貯金8万とクレカ2枚

だからクレカだけが頼りで、
売れなければ終わる綱渡りでした。

住む家もありませんでした。
だから友人の家に10ヶ月居候しました。

とにかく自由になりたい。
僕を突き動かしていたのは、
ただその一心だけだったのです。

大量に仕入れた商品が売れない。
そんな事になれば借金地獄・・・

それでも僕は自由になれる選択肢に
全てを賭けてみたいと思ったのです。

そして、そんな不安をかき消すように、
徐々に売上は立ち始めていたのです。

『おぉ!!本当に売れるじゃん!
これで俺もお金持ちになれるのかなぁ!!』

なんて、希望を抱きながら
携帯に来ている販売通知を眺めてニヤニヤしていました。

でも、売っても売っても、
僕に自由が訪れる事は無かったのです。

いや、むしろ売れば売るほど
苦しくなっていくことを感じてました。

仕入れて販売をする物販において
商品数は売上に当然、比例します。

だから売上を増やそうと思うほど、
僕はもっと動かなければいけない。

そんな当たり前すぎる事実に、
ようやく僕は気づいたのです。

それまで僕はずっと仕入れをしてきました。

朝から晩までずっと店舗を回って、
手が千切れそうになるほど袋を持って。

3時間睡眠で梱包して、発送して、
売上に繋げるよう努力してました。

全ては、
自分で稼ぐ事が出来れば自由が手に入り、
精神的にも経済的にも自由になれる・・・

そう信じていたからです。

これまで生きてきた劣等感も
同時に払拭出来るかなって

信じてたからです。

父親が北海道で上位10位とかの成績で、
僕は滑り止めで入った高校で205位。

210人中、205位なわけです。

本当に恨みましたよ。
才能とはここまで不公平な物なのかと。

なぜ、両親や兄弟と常に比較され、
なぜ、僕だけがいつも劣等生なのか。

何故、僕はまわりからいつも
医者になるのかって聞かれるのかって。

なれるわけねぇだろって。

そうやって、
どれだけ苦しい思いをしてきたか。

なぜ僕だけが、
こんな思いをしなきゃいけないのか。

って、ずっと思ってきました。

だから、自由になりたかった。

でも、自由を得ようと頑張るほど
またもや自分を縛り付けていた・・・

そんな事をしていたことに、
僕はやっと気づいたのです。

無様ですよね。わかってました。
何やってんだ俺って思いました。

毎日、ただ単純に仕入れていても
自分の行動が積み重なる事はない。

何か別の方法をしないと、
体力の限界と共に売上も限界を迎える。

僕が倒れれば一瞬で売上は崩壊する。
そんな事は頭ではわかっていました。

でも、認めたくないのです。

なぜなら、

今の方法を変えると決意することは、
自分のこれまでの経験は無駄だったと。

そう認めることになるからです。

あれほど頑張ってきた努力のすべてが
無駄だったと、そうは思いたくなかったのです。

だから、当時、指導を受けていた人に、
すがるように僕は声をかけていました。

『あなたは間違っていない、そのままやれば良い』

そう言ってほしいと願ってたからです。

でも、その指導者の方から受け取ったのは

『プライド捨てて、気合いを入れろ』

という、虚しくも、その一言だけでした。

当たり前ですよね、
僕の目的は自由になること。

お金を稼ぐのは、
そのための一手段にしか過ぎません。

でも、僕はいつしか稼ぐことを目的にし
大事なことを忘れてしまっていたのです。

時給を上げようとしても、
お金持ちになることは決してできない事を。

確かに動けば動くほど、
稼ぐことが出来るかも知れません。

事実、僕は1日中動けば、
4万円ほど転売で稼ぐことは出来ました。

ですが、1日12時間頑張って4万なのです。
時給で言えば3300円にしかなりません。

それが天井であり、
それ以上は目指せない事を知ったのです。

そして、何より問題なのは、
自分が体調を崩せば利益は崩壊する。

ということなのです。

自由を目指していたのに、
しらないうちに自分を縛り付けていた。

アホですよね・・・

お金持ちになりたいのに、
自分で働き時給をひたすら上げる。

という最もお金持ちから遠い。
愚行をひたすら行っていたのです。

だから、僕はその経験をバネに、仕組みを作らないと駄目だ・・・

 

そう学んだからこそ、一度やったら資産となることだけに今は注力しているのです。

 

今、僕が何をやっているのか?

その軌跡についてはこちらで話しているのでご覧ください。

 

→ ICHIの実績