プロフィールPART1

はじめまして、ICHIです。

プロフィールをご覧頂きありがとうございます。

僕は2012年よりインターネットビジネスを初めておりますが、
こちらでは過去の軌跡を毎年振り返って記載していきます。

僕が何をし、どのようにして年商1億の企業をつくり
これから年商10億を目指そうとしているのか。

その0からの軌跡と共に“ICHIとはなんなのか?”
その人間性などを少しでも知っていただけたらと思います。

〜2011年 アホすぎる幼少期・・・学年最下位で留年間近(←Now!)
2012年 一歩間違えば逮捕?お金がなさすぎた学生時代
2013年 残額38円の地獄から月収100万までの苦しい10ヶ月
2013年 4月〜 指導者として、そして月収740万までの軌跡
2013年 10月〜 パートナーの登場と日本一の記録達成までの睡眠2時間劇
2014年 輸出業で年商1億狙いつきつけられた苦悩x経営者の自覚の芽生え
2015年 年商1億突破から借金を背負う覚悟を決めた年末
2016年 COMING SOON

<第一章>
〜2011年 アホすぎる幼少期・・・学年最下位で留年間近

アホすぎる幼少期・・・勉強は必要ない!

僕は生まれも育ちも北海道の札幌であり、
今もこの札幌という地域が心地よく住み続けています。

僕が小学生の時代は今の小学生のように携帯の存在を知らないので、
毎日サッカーなど遊び呆けていた記憶しか残っていません。

ただ毎日を楽しく、そして遊んで遊んで遊びまくり
とにかく自由に過ごしていたことという思い出に加え、
テストで0点をとったことも当然のごとくありました。

特にローマ字は意味が不明すぎて0点を連発し、
その度にテスト用紙を小さく折りたたんで
マンホールの穴に捨てていたのは懐かしい記憶です笑

sappporo

当然テスト用紙のことを両親はしらないわけなので、
毎回家庭訪問の時にバレるのが怖く必ず隠れていました。

“勉強なんていらないんだ!”

自分でまるで言い聞かせるように毎日遊びほうけていた僕に、
“すげぇ!!!勉強したらこうなれるのかな・・・”
そんな僕の考えに影響を与える出来事が起こります。

初めてのディズニーランドへ!!圧倒させられる世界観

その出来事こそが僕が人生で初のビッグイベント!!
“ディズニーランドへ初旅行”でした。

小学校高学年にもなってくるとまわりの友達が旅行に行き始め、
お土産を持ってきてくれるのでディズニーランドの存在は知ってましたが
特に僕の家には関係のないことだとそんなに気にしてませんでした。

そんな時にやっと小学校6年生で連れて行ってもらえるとわかり、
遠出をしたことが無い僕のテンションはMAXになります。

飛行機に早く乗ってみたいとそんな気持ちを抑えきれなかったわけですが、
丁度その頃にこち亀(アニメ)でこんな放送があったのです。

“バスに羽をつけて離陸の際や飛行中はカーテンを閉められ、
実は飛んでいないが飛行機にのってる気分の日本旅行!”

本物の飛行機を間近で見たこともない無知な子供の僕には
そのアニメを信じこみ飛行機って本当は飛ばないんじゃないかな・・・
とそんな不安さえもありまいた。(今考えれば無知すぎますねww)

しかし、
そんな不安を消し去るようにシートに押し付けられる程の加速をし
デカイ飛行機が青い空に羽ばたいていくのを経験したとき

おぉ!!!すげええええええ!!!
本当にこんなものが空を飛ぶのか!!!

と思ったのを今でも鮮明に覚えています。

そしてそれと同時に
“僕もこの飛行機を飛ばす人になるんだ”
そんな夢を持ち続け21歳まで走り続ける事になるのです。

下痢ピー坊やの得意技は“不合格”

小学校は勉強はしていなくても当然中学校は義務教育で地元の中学へ入り
サッカーと勉強の両立に精を出し成績は常にトップクラスでした。

というのも別に勉強が出来たわけではなくて、
中学の試験は出るところが決まっているので過去問対策をすれば
大体誰でもテストで点数を取れるという秘訣があったのです笑

とりあえず公立の志望校の合格率もA判定であり、
まず間違いなく受かるだろうと高をくくって当日を迎えます。

しかし、
高をくくっていたはずが緊張をしすぎてお腹を下し、
受験中もお腹が痛すぎて全く試験に集中できない。

もっと準備をしておけばよかったのでしょうが、
A判定以外だしこともなくまずそれでも受かるだろうと思ってましたが・・・

見事に結果は“不合格!”です。

担任も塾の先生も皆落ちるとは思っておらず驚いてましたが、
その時に試験というものがトラウマ化するようになったのです。

一応進学校とよばれる私立には入学したわけですが、
更に入学後の初テストで驚くべき記録を成し遂げます。

それが特進クラス210名中
“学年5位”という大記録です!!!

しかし、
この記録を見た時に開いた口がふさがらないとはこのことか!
というほど両親が驚いていた顔を覚えています。

なぜなら、
“学年で上から5位ではなく、なんと下から5位だからです^^”
つまり210人中205位という偉大な記録を打ち立てた訳です。

それが高校1年の頃であり高校ではパイロットの夢は何処へ、
全く勉強をすることなく留年になるのではないか!!
という程のレベルにまで落ちていました。

最後の年で一念発起し猛勉強をしパイロット学校へはA判定をとり、
試験当日を迎えることになったのです。

そこで過去の受験トラウマが蘇り再びお腹を下し、
極度の緊張状態から何も出来ずに“不合格”

この2回の失敗は今でも友人に笑われる出来事であり、
そして僕の中の最大のコンプレックスでもありました。

しかし、
どうしてもパイロットになりたいのに加えて、
この弱っちい心を一から鍛え直したいという思いからある行動にでます。

アメリカへ旅立ち一から鍛え直してパイロットへ

実は試験に弱いというのはパイロットという職業においては
とてつもないハンディキャップでもあるのです。

パイロットはなるのが大変な職業でも有名ではありますが、
半年に1回試験があり2回連続して落ちるとパイロット免許は剥奪されます。

それはどれだけベテランのパイロットでも同じであり、
パイロットになってから退職まで永遠に試験は続けられるのです。

なのにも拘らず試験に弱く毎回緊張していては話にならず、
当然人の命を背負えるパイロットになれるはずがありません。

だからこそ半年に1回しかテストの無い日本の大学ではなく、
3週間に1回全教科で試験のあるアメリカの大学への進学を決意しました。

パイロットへなりたいというただ一心で走り続け、
アメリカに留学を決意することになったのですが・・・

試験に落ちていたというのとは比べられない程の苦痛、
そして本当の地獄の様な生活がここからはじまる事になるのです。

<第2章>
2012年 一歩間違えば逮捕?お金がなさすぎた学生時代

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